ながいセンセの机の上

中学校理科の最前線ポータル、元ワンオペ3児のママ先生・ながいセンセのブログ

習い事とAL。

「私が?興味ないのに?」「虫好きの親子を見つけて、一緒に連れて行って貰えば」

某テレビを見ていて衝撃を受けた。

子どもが、母には興味がなく直接的には学校での学習に関係ないもの競馬他が好きで。

好きなことは価値あること、そばで見守ってあげたら、という話の中の一言。

そうなのか。

 

当時、子どもが好きなものは親は好きなのかと思ってた。

今は、子どもにはついていけないけど、生暖かく経済力の範囲で見守ってあげようと思ってる。

そうでもない人もいるのね!

賭け事に対する拒否感なら理解できるけど。

馬の名前と英語を結び付けて良しとするなら、その感覚は私にはないから、わからない。

そもそも、私は、馬ってつま先で走ってるんだよねーとか膝が尻にしか見えないなーとかまじまじと見てしまい、馬に乗ってみたいし触ってみたいかわいいなぁにおうなぁwタイプなので、その方とはお話にならないかもしれない。

 

ところで今、何でも習い事するらしくて。

「将来○○になるの?」とか、年上には会えばほぼ必ずその手の嫌味期待を言われてうんざりするんだけど。

やりたいからやる一直線の私は「みんながみんな内村航平さんになりたいわけじゃない」「北島康介さんになりたいかっていうとそういうわけじゃない」「プロはプロで住む世界が違う。うちはプロじゃない」とやんわり全否定しているんだけど、いっこうに伝わらないw

パパは夢見させてやってくれと言うけど、毎回聞くのは私なのでイライラします。

 

近くのママに聞くと、大体、習い事で求めるのは、学校の補完や学校での成績向上。要は「学校で困らないようにしよう」ということみたい。

中学校の先生なんだから、子どもは塾とか行かなくて良さそう。お家で教えてあげられるもんね。と言われることも。確かに、教え方が分かる、教える内容が分かる、じゃあ塾の必要なし。という論法もわからないではないよ。そして塾代高いから、節約になるんじゃない?という発想も。

次点で、家にいても本人やることないから。家族の自由時間が少しでも欲しいから。わからないではないよ。習い事行ってる間、指導書読むのがどれだけスムースだったか。今バスで行ってくれるようになったんだけど、その前は子どもみんな連れて片道15分間のドライブだった。家に帰ってもすぐお迎えで、駐車場は渋滞で。どれだけ楽になったことか。

そうか。本人がやりたいっていうのは原点だとしても、何を求めどう選ぶかは親次第なんだね。

 

うちは、上の子だけプールに通わせていて。本人プールやりたいけどプール環境なんて整えてあげられないから。まだまだやりたいそうなので、学童入れても続ける道を探す予定です。

中の子は、上を見てプールやりたいと言っているけど、お風呂でシャワーを頭からかけるのは嫌みたいなので、もう少し様子を見てからと思っています。

下の子…習い事なんてするのかな。夢は膨らみます♪

 

でも、ご家族の影響で好きになったり助言が生きたりすることもあるだろうから。プロはある意味プロとなる家だろうから。あんまり押しつけが悪いとも言いづらい。

ピアノやバレエは可愛い!ベビースイミングやヨガは母のためにもなりそう。

どちらにせよ、気持ちや本業に無理なく経済力の範囲でね。

 

ただ、この習い事=外注しようという発想。

ALとは違う方向を向いている気がするんです。

ALは確かに個性を生かす学習だけど、個性にないところを無視するものでもない。

個人の興味の範囲で追求できる学習、でも、興味ないから勉強しなくていい~とはならない学習だと思うんです。

外注に慣れると、結局、得意じゃないからやらなくていっか。ってなりません?得意な人に任せればいい、みたいな。

冒頭のママのように。

 

ママ業、意外とやらなくて済むものがない。と私は思っています。パパはウンチのオムツ替えをママに押し付けることができても、ママはやらなきゃいけない…みたいに。(うちだけ?)

ただ、子どもの心に関するところで、やらなくて済ませることができつつあるのを、私は少し怖いようにも思っています。

個性は大事だけど、孤独である必要はないはず。

 

心だけは近くにあるように。

習い事は、褒めポイントを作る場面。

大事なのはうちの子がどう育つか。私はそこをぶれないようにしたいな。

 

AL。自由度が高まったところで。逃れたくても逃れられない気持ちも、分かってあげなきゃと思いました。

私は実験好きだけど、嫌いな人もいるよね。

ただ乗りは、理科の先生には叩かれがちな存在だけど、叩く前にすることもありそう。

 

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