ながいセンセの机の上

中学校理科の最前線ポータル、ほぼワンオペ3児のママ先生・ながいセンセのブログ

習い事。習うことって…何だろう?

幼稚園ママたちの話題の一つは習い事。

小学生だと学童の代わりとか違う役割もあるのでしょうが、まあ幼稚園だとして。

 

うちは、週1のスイミングを上の子に。他の子たちは保育園事情により保留です。

本人がやりたいと言ったから始めました。(お友達がやってるとか事情もありそうだが)

そして、うちにはプールがないから。

これが、例えば学習塾や書道ならさせてません。私教えるし。一応、元、書道楷書4段。あれ?5段?(教室によってだいぶ違うでしょうが。私の行ってたところは8段の上が師範です)...そんなところでドヤってどうするw←そのつもりはないんだけど、読み直したらダメな奴だった...申し訳ない

ピアノはないし、サッカーはコートないし技術ないし、させるかも。

 

で、本題。私のまわりでは、習い事を複数掛け持つお家が多くて。

それはそれはうらやましい経済力なのだけれども。

その理由を聞くと、「家に長い時間いられてもね」「親にも空き時間があると助かる」「本人はやめたいって言うけど、続けさせてる」

そうなの?

うちは、やりたいと言い出した当初に確認して「宿題が基本(宿題やってから習い事)」「ある程度は続ける(泳げるようになりたいのならその級まで頑張れ)」を約束していて、本人も毎回お菓子で揉める以外は楽しくやってるらしいんだけど。

しかも、バスの空きができてバス通学になって以来、お友達と一緒で、超嬉しそうにやってるらしいんだけど。

まぁ、送り迎えは、車の有無も含め、またとんでもなく変わるものだけど…

家によっていろんな事情があるものだ。そうか、時間を有意義に使うのね…

 

楽しいからやりたいから/家に居られてもつまらないから、という二軸の他にも。

うちのように、技術はそこまでは求めないよ、という家もあれば。

塾や教室に行ってるんだからこそ、学校では、ずば抜けていてほしい家もあり。学校でついていけないと困るし…って、ついていけないこと、親が見てれば、まだないから大丈夫だよ…と無知な私は思ってしまうし。(「ついていけない」の意味ね!)

それぞれ、価値観だな。

 

放置子でなければいいんじゃないかな。

放置子は、親が子どもにお金をかけないとは限らないと思う。習い事してるし。自分でできるからと放っておかれるんだろう。私の知る放置気味な子、面倒なので略して、放置子は、私から見ると、もともと、ポテンシャルが高く、素直な子が多い印象を持ってる。でも、対人関係や突発的なトラブルで、かなりオリジナルな対応をしてきて、それがちょっと違うかな?と感じる。

しょうがないよ。そういう場面でどういう対応をとるのが望ましいかは、そこに親が居合わせて教えないと、学びようがないもの。そしてそこに親がいないのが放置子たる所以だもの。

そして私は、放置子には(教え子じゃないから)関わらないと決めてるので、放置子親子共々生温かく、それこそ放置。共感スルー。注意なんてしません。意見なんて言いません。

 

小1の雨上がり。放置子がうちの子に「傘を貸して」と言い、うちの子は傘を渡し、放置子が傘を振り回して壊したとき。うちの子に「なんで貸したの?」と超冷たく聞きますが、「壊れてたからって、もっとボロボロに壊していい理由にはならないよな?」と低い声低いテンションで言いますが、それだけ。

○○君ダメだよ~なんて言ったら、関わってるからね。それ私嫌なので。(傍の、他のお子さんのママは、怒った方が...とか、あの子のママに伝えた方が...とか言ってくれたけどね。感謝)

 

これが、もし教え子なら、相当関わり方は変わるのだけど。

 

習い事の話なのになぜ放置子

「学ぶときに適切なサポートがないと、学び損ねる」ってことが言いたいんです。

習い事は、まあみんなではないにせよ、ある程度サポートあるし、ある程度できるようになるだろう。

それは、教材と環境と人を、有償でも、準備できるからなんだろうと思う。

放置子には、導いてくれ支えてくれる人が少ない。どんなにいい公園や仲間がいたって、方法を提案したり、へこんだ心を励ましてくれるパーツが足りない。

だから、他に粘着的に求めるか、自己中心的に何とかするか、二つに一つ。

うちの傘を壊した子は、人の傘を壊しちゃダメなことを学び損ねるだろう。子でも教え子でもないから、サポートなんてしません。今時「近所のうるさいおばちゃん」なんていないし、そこに期待しないでいただきたい。(あっ、子同士がもっと仲良しだったりすると違うかも)

うちの子は「傘を必要もないのに(彼に)渡さない、壊れたからってさらに壊さない」を、少なくとも聞くチャンスができた。本当は学んで欲しいものだけど。

こういう積み重ねが、個性の素地にプラスされて、躾や考え方の癖として、子どもたちを作り上げていくんだろうと思う。

ちなみに、傘壊して一週間近く経つけど、誰からも何も。放置子が自分に都合の悪いこと親に言うわけないので、織り込み済み。こちらも関わりたくないのでウィンウィンってやつですw

 

私の持論で「電源を入れないと始められないものは、勉強じゃない」と並び不条理案件、「結局、人を教えるのは人なんだよね」発動。

 

本を読んでもネット・動画を見ても、情報は得られるだろうし。私のように、とりあえずの資格を取りたい人には、人に師事することにこだわらなくても、手段があったりする。

でも本当に学びたい時。学ぶべき時。その上に立つ先生ポジションの人は大事だと思うんだ。

先生ポジションて言うだけあって、先生じゃなくていい。家族でもいい。友達でもいい。

その姿を見て教わることができるなら。憧れや希望を持てるのなら。

だから、習い事やコーチングビジネスが流行るのかもね。特に今、自分に投資する意味で、その手の教育業界が盛り上がりつつあるって、どこかで見たような。

 

逆に、そうでもなければ、切っちゃってもいい。先生に改善を求めるより、合う先生探した方が早いし気楽。

そこが私が公教育を志した理由でもあるw

 

学ぶとは「真似る」ことだと誰かが言ってた。

習うことは学ぶこと?時間を過ごすこと?

それぞれ価値観だけど、奥が深い。

 

うちのような余力のない家庭には、死活問題だけどね!

あなたの習い事と家族での外食を天秤にかけてるんだからね!有意義に楽しんでおいで!w

 

習い事であーだこーだいってられるのも1,2年。

そろそろ仲間内での成長を期待してるぞ!上の子!!順当にギャングエイジになってしまえw